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東京高等裁判所 平成7年(ネ)2004号 判決

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は、被控訴人に対し金二〇六四万九四三〇円及びこれに対する昭和六一年七月二日から支払済みまで年18.25パーセントの割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを七分し、その四を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

三  この判決は、第一の1項につき仮に執行することができる。

事実

第一  控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

第二  当事者双方の主張は、原判決六丁裏三行目から同七丁表一行目までを次のとおり改めるほかは、同判決の「第二 当事者の主張」と同一であるから、これを引用する。

五 再抗弁

1  時効中断事由

(一)  五〇〇〇万円の貸金について

不動産競売の申し立ては、時効中断としての効力があり、その効力は、競売事件が係属している間は継続しているところ、被控訴人は、昭和六二年六月二四日、松建住宅所有の不動産に設定してあった極度額五〇〇〇万円の根抵当権に基づいて不動産競売を申し立て、請求原因5の③のとおり、平成元年二月二七日、五〇〇〇万円の貸金に対し配当を受けたので、少なくとも、時効中断の効力は、同競売事件が係属していたそのころ以降まで継続していた。

(二)  七五〇〇万円の貸金について

① 松建住宅は、昭和六一年七月一五日以降何らの弁済をしていなかったが、同六二年六月二四日現在、被控訴人に対し一〇万九三一五円の普通預金債権(口座番号〇三六七八六〇)を有していた。

② 被控訴人(貴金庫)と松建住宅(私)との昭和五八年八月二日付け信用金庫取引約定書第七条及び第九条には「貴金庫に対する債務を弁済しなければならない場合には、貴金庫は、その債務と私の預金等をその債権の期限にかかわらず相殺することができます(七条一項)。前項の相殺ができる場合には、貴金庫は事前の通知及び所定の手続きを省略し、私にかわり諸預け金等を受領し、債務の弁済に充当することができる(同条二項)。」、「弁済または第七条による差引計算の場合、私の債務全額を消滅させるに足りないときは、貴金庫が適当と認める順序方法により充当することができ、その充当に対しては異議を述べません(九条)。」と規定している。

③ 被控訴人は、昭和六二年六月二四日、右取引約定書の右規定に基づき同日付けをもって松建住宅に対する一〇万九三一五円の預金払戻債務と松建住宅に対する貸金七五〇〇万円の残金一五二〇万円に対する同六一年七月一六日から同年八月一九日まで(三五日)の年7.5パーセントの割合による遅延損害金債権とを対当額で相殺し弁済充当した。

なお、被控訴人から松建住宅に対する相殺の意思表示はなされていないが、本件相殺当時、松建住宅は、既にその実体がなく、代表者も所在が不明であったため、被控訴人としては、支払いの催告すらもできなかったのであって、このような場合にまでも相手方に対する相殺の意思表示を必要とすることは、銀行取引の実情に合わないばかりか、不実な債務者を不当に保護する結果を招来し、余りにも公平を失することになる。

そして、債務の一部弁済は債務の承認たる効力を有するのであり、前記取引約定書第七条二項及び第九条は、まさに本件の如く債務者の所在を覚知しえない場合にこそよく機能すべく規定されたともいうべきで、被控訴人は、右各規定により松建住宅から預金の払戻及び弁済充当の代理権を授与され、右代理権に基づき所謂「払戻充当」をしたのであって、時効中断事由に当たる。

2  被控訴人は、前記各時効中断後、時効完成前である平成四年二月二六日、連帯保証人である控訴人に対し本件訴訟を提起した。

六 再抗弁に対する答弁

1  再抗弁2を除き、同1の(一)を認め、同1の(二)の①及び②を認め、同③を否認し争う。

2  控訴人は、一〇万九三一五円が松建住宅の被控訴人に対する債務から差し引かれたことが、相殺によるのか(もっとも、被控訴人の松建住宅に対する相殺の意思表示はない。)、被控訴人が松建住宅の代理人として被控訴人の松建住宅に対する貸金債権の弁済をしたことによるのかは措くとして、そのいずれをも争うつもりはないが、これらは、いずれも中断事由としての「請求」にも「承認」にも当たらない。そして、債務の弁済が債務承認として時効中断事由となるのは、債務者の債務弁済行為には、当然、債務の存在を承認していることが前提となっているのであり、債務弁済行為(現実に債務者が債権者に債務を弁済する行為)そのものに債務承認があったと擬制できる認識がみてとれるからであって、弁済の効果によるのではない。

しかるに、本件の場合、被控訴人が代理権を行使して松建住宅の被控訴人に対する債務を弁済したとしても、債務者である松建住宅は、そのことを全く知らないのであるから、仮に弁済の効果が生じたとしても、その弁済に債務者の債務承認があったと擬制すべき認識がない。

理由

一  当裁判所はさらに審究するに、被控訴人の本訴請求は、後記認容の範囲で一部理由があり、その余の部分は、理由がないものと判断する。その理由は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」中、「第三 裁判所の判断」の説示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決七丁表六行目の「認められる」の次に「(なお、昭和六二年六月二四日の弁済は、後記被控訴人主張の「相殺」ないし「払戻充当」であり、それ以前の最終一部弁済日は、同六一年七月一五日である。)」と加入する。

2  同八丁裏一行目冒頭から同丁裏二行目末尾までを次のとおり改める。

(一)  再抗弁1の(一)の事実は、当事者間に争いがなく、同2の事実は、訴訟上明らかである。

よって、貸金五〇〇〇万円の残金二〇六四万九四三〇円に関する被控訴人の時効中断の主張は理由がある。

(二) 同1の(二)の①及び②の各事実及び同③のうち昭和六二年六月二四日に被控訴人の松建住宅に対する貸金七五〇〇万円の残金一五二〇万円の元利金から一〇万九三一五円が差し引かれた事実は、その法的性質を措いて、いずれも当事者間に争いがなく、甲第一、第三八号証及び弁論の全趣旨によると、右差引処理は、被控訴人が信用金庫取引約定書の第七条及び第九条の規定に基づき同日付けをもって松建住宅に対する一〇万九三一五円の預金払戻債務と松建住宅に対する貸金七五〇〇万円の残金一五二〇万円に対する同六一年七月一六日から同年八月一九日まで(三五日)の年7.5パーセントの割合による遅延損害金債権とを対当額で相殺ないし松建住宅の代理人として弁済充当(被控訴人主張の所謂「払戻充当」、以下、両者を併せて「本件処理」という。)したものであることが認められる。

ところで、被控訴人は、本件処理は債務者松建住宅の債務の承認であって時効中断事由に当たると主張するところ、なるほど、信用取引約定書の前記各条項によれば、債務者松建住宅は予め包括的に被控訴人に対し相殺の意思表示を要しない相殺ができる権限ないし預金等の払戻し及び弁済充当の権限を授与しているものと認めることができ、かつ、その法律効果において代理人の行為は本人の行為と同視しうるけれども、時効利益は予め放棄することができないこと、債務の弁済が時効中断事由である債務承認となるのは、債務者は特段の事情のない限り債務を認めたうえで、その弁済をするものであり、したがって、弁済行為に債務承認の効果を擬制しても差し支えないことに由来することを考慮すると、時効完成前に予め授権された包括代理権に基づいて全く債務者の個別的な関与なしになされた本件処理に時効中断の効果を認めることは、債権者である被控訴人の代理行為により一方的に時効中断事由である債務承認をすることができるものとすることとなり、債務者が予め時効利益を放棄したことと同じ結果となって不都合であるばかりか、個別具体的な代理権授与による場合と異なり弁済行為自体についてはもとより弁済する債務について債務者である松建住宅の認識がない本件処理には同債務者による債務承認を擬制しても差し支えない前提を欠いているから、本件処理には相殺ないし弁済(充当)の効果はあるが、時効中断事由としての債務承認の効果はないと解するのが相当である。

よって、貸金七五〇〇万円の残金一五二〇万円に関する被控訴人の時効中断の主張は、理由がない。

二  そうすると、控訴人は、被控訴人に対し貸金残金二〇六四万九四三〇円及びこれに対する弁済日の翌日である昭和六一年七月二日から支払済みまで年18.25パーセントの割合による約定遅延損害金を支払う義務があり、被控訴人の請求は、右の限度で理由があり、その余の請求は理由がないところ、被控訴人の請求を全部認容した原判決は、右の限度で不当であって取消しを免れず、本件控訴は、右の限度で理由があり、その余は理由がない。

よって、原判決を右の趣旨に変更することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、九二条、八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩佐善巳 裁判官 山﨑健二 裁判官 彦坂孝孔)

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